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2007.02.18 Sunday

朧の森に棲む鬼

この剣が
俺の舌先と同じ速さで
動くのならば
舌の根が乾かぬうちは
この剣の血も乾く事はない
舌も手も全て血塗れ
それがこのライ様だ

今回の新感線の舞台は久しぶりに中島かずき新作。
染五郎が「阿修羅城の瞳」で新感線流歌舞伎、いわゆる「いのうえ歌舞伎」の方向性を決定的にしてから数年が経ち、今作ではあえてその原点ともなる「阿修羅」を越える作品にすべくかなり力の入った作品となった。
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この作品は日本の昔話「大江山の鬼退治」とシェークスピアの「リチャード三世」をベースとした完全悪の男を主人公にしている。
その主役を染五郎が演じているのだ。
今までのいのうえ歌舞伎で染五郎が演じるのは、人に慕われ、愛される圧倒的な善者であったが、今回の主人公ライはその舌先で人をことごとく勾引し、裏切る悪者である。
絶大な信頼を寄せてくれていた同じ村の幼なじみをも裏切り、着々と国の王の座へ近づき、邪魔となる人間を抹殺していく彼の形相は徐々に鬼と化し、朧の森に棲む「オボロ」という名の魔物から与えられた剣とその舌先から発せられる嘘で世界を血に染めていく。

以下ネタバレ

まず、貧しい身なりから始まるライはあまりぱっと冴えない口先だけの男だったのだが、嘘と魔の剣で徐々にのし上がり、将軍となったときの彼は本当に美しく、気品が感じられるのがすごい。
染五郎ってやっぱりこういう気品のある役がすごい似合う。
これをもし、染五郎以外の役者がやっているとどうしても血なまぐささが出てしまうと思うのだけど、染五郎がやるとその気高さが際立って、反対にその冷酷さで背筋が寒くなる感じさえするのだ。

マダレ役の古田新太も今回は控えめな役どころで染五郎のサポートに徹している。
だいたい、新感線の看板役者である古田と染五郎が敵対し、最後の最後まで二人の運命が絡み合うのが常套だったのだけど、今回は前述したように、古田は後半でやや出番があるものの、染五郎演じるライと相対するライバルとまではいかない。
その二人の関係よりかは秋山菜津子演じるツナとの関係を軸にライの出世がわかりやすく描かれている。

はじめはツナに対して敬語であったライが将軍となった際に同等の口をきくようになり、国とツナをも手に入れようと画策するがツナにはライの嘘が見破られてしまうのだった。
しかもツナの夫殺害の犯人はライであったことを知る。
ライへの憎しみ、怒り、ライを信じてここまでのぼりつめさせてしまった自責の念からライを殺すために立ち上がるツナ。

中島かずきの本ではこういう強い女性が描かれる事が多いのだけど、いつもは最初からヒロインの目的が明確であったりする事が多い中、主人公の成長に伴ってヒロインがやがてライバルとなる構図がとても新鮮で面白かった。
主人公が徹底した悪なのでヒロインであるツナへの感情移入もしやすかったかもしれない。

また、陰の主役、キンタ(阿部サダヲ)の演技も秀逸。
頭はからっきしだめだけど、腕っ節なら負けないという純朴な青年を演じているが、この純粋さと両極にいる主人公ライとの対比がまたおもしろかった。
野心家のライと行動を共にするキンタはさほどの野心があるわけではない、ただ自分を信じて、どこまでも面倒を見てくれる兄貴分ライが大好きだからついてきている。
兄貴は自分だけは信頼してくれている。そう信じてどこまでもライを守り、行動をトモにするのだが、思わぬところでライの裏切りを知り、傷つき、捨てられるのだ。

そこで終わったかに思えた彼の人生はやがて兄貴ライを倒すための旅につながる。
ライの画策によって傷ついた彼は盲目となったあと、見違えるように聡明な戦士となる。
目が見えなくなった分、心で風を空気を、そして人の心を読めるようになったのだ。
ライの完璧とさえ思われた嘘もやがてツナに見破られ、キンタにも見破られてしまう。

嘘で築き上げた地位も力も、やがて滅亡へ導かれる。

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この舞台はその物語だけでなく出演陣、演出がすばらしかった。
染五郎はもちろん、阿部、秋山、真木よう子、小須田 康人、田山 涼成の客演もしっかりしており、キャストが多い割には周りの演技が安定しており、かつ染五郎が圧倒的な存在感を放っているためか非常にわかりやすかった。
新感線劇団員の方々(粟根さん、逆木さん、高田さん等々)もよかったと思う。
右近さんと橋本じゅんさんがでてなかったので、色物度はかなり抑えられていたのもポイントか。(いや、ふたりがでてくれたほうがだんぜんおもしろいんだけど)
演出では水を多用し、舞台で大量の水が滝のように流れる様は圧巻。
しかも殺陣でも雨の中ということで実際に装置からシャワーが。
最前列の客席にはビニールシートが手渡されているほどなので、さぞかし近くでみたらもっとすごいのだろうなぁと2階席からしみじみ。
松竹座なので、2階席といっても舞台からそんなに離れておらず見やすかった。
新橋演舞場での同芝居をチケット紛失のため見れなかったことを激しく後悔したのはいうまでもない。

ちなみに、この芝居のパンフ(別売り3000円)には、カレンダーがついています。
新感線のいのうえ歌舞伎はいつも写真が 野波浩さんなのでとてもきれいなのでうれしい!

| maita-k | 舞台 | 20:51 | comments(0) | trackbacks(0) |










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